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切り抜き詳細

発行日時
2018-2-3 22:05
見出し
Vol.1902「読書をすることの意味について」
リンクURL
http://bplan.seesaa.net/article/456637181.html Vol.1902「読書をすることの意味について」への外部リンク
記事詳細

学術的・専門的な書籍を除き、

「読書」というのは、単に、

知識を得るためのものでも、

何か答えを探し出すものでもありません。



既に自分が経験してきたことを追体験し、


その中から知恵を掴み取るための手段


が、「読書」ではないでしょうか。




例えば、

自己啓発系の本に、


「相手の態度には、自分の心が鏡のように映し出されている」


とか、


「相手への嫌悪感は、自己嫌悪の裏返しである」


と書かれていたとします。



確かに、

人間関係の真理をついた言葉

なのでしょう。



ただ、このことを

言葉として知っただけでは、

あまり意味がありません。



「あ〜そうかもしれないな〜」

と思っても、


本を閉じた途端、忘却の彼方へ・・

となれば、

はっきり言って時間の無駄です。


(私(安野)自身、何度も経験済み・・汗)




したがって、ここで大事なのは、

上記で言うところの


「あ〜そうかもしれないな〜」


を、掘り下げること

ではないでしょうか。



もしも、書籍の中の言葉が

心のフックに引っかかったのであれば、


サっと読み流すのではなく、

いったん立ち止まり、

自分自身をじっくり見つめ直すのです。



そして、

自身のこれまでの経験を振り返り、


「あ〜、そういえば、あの時、〇〇さんがああいう態度をとったのは、

 自分が心の中で〇〇と思っていたからかもしれないな・・」


とか、


「あの人を苦手と感じるのは、自分の中にも〇〇という欠点があって、

 相手に重ね合わせているからかもしれないな・・」


などと、思考を巡らせ、追体験をし、

明確な答えは得られずとも、


感覚として掴み取ることが重要


だと思います。



これはまさに、

「読書」によって


知識ではなく、知恵を得る


ということ。



ちなみに、私の場合、

心にひっかかる言葉の多い良書

に出会うと、


いちいち思考を巡らせたり、

気付きをメモしたりするので、

なかなかページが先へ進みません(笑)。




もちろん

速読や乱読を否定するつもりはないし、

(*私も、必要な時にはそういう読み方もします)


上記のような読み方が絶対

と考えている訳ではないのですが、


知識偏重型の「読書」をしてしまうと、

せっかくの時間が無駄になる可能性もあるので、


「読書」の時間を、

「自分自身と向き合い、知恵を掴み取る時間」


と意味付けてみてはどうか、


そのように思った次第です。


***************************************


【本日のまとめ】

■ 「読書」とは、既に自分が経験してきたことを追体験し、

  その中から知恵を掴み取るための手段である。

■ 「読書」の時間を、

  「自分自身と向き合い、知恵を掴み取る時間」

  と意味付けてみてはどうだろうか。










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