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国指定名勝・天然記念物「須佐湾
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須佐湾(すさわん)は萩市(旧須佐町)にある、日本海に面する小湾。
国の名勝及び天然記念物に指定されており(昭和3年【1928年】)、北長門海岸国定公園を代表する景観の一つ。
湾の内部は穏やかな入り江が見られる一方で、外部は勇壮な断崖が連続し、縞模様の断層で知られる、須佐ホルンフェルスがある。

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須佐湾の一帯は元々なだらかな平地面であったが、
地表面の沈降によって窪地は入り江となり、丘陵、山地部分は溺れ谷となった。
現在は変化に富んだ複雑な入り江が見られ、須佐湾の海岸線は16Kmにおよぶ。
湾内には七つの入り江があり、海上には大小70以上の岩礁が見られ、風光明媚な自然の造形美が点在する。
そのため「西の松島」などと呼ばれ、親しまれていた。
一方、海上に浮かぶ雄島(天神島)、中島(弁天島)、鶴島、海苔石、兜・鎧岩、屏風岩、などは、日本海の荒波による激しい浸食を受けており、険峻な崖となっている。
湾の外縁部も湾内部の穏やかな入り江とは対称的に険峻な断崖が見られ、中でも屏風岩は、高さ100m級の断崖で、実に雄々しい景観である。

昭和 3年 国の名勝及び天然記念物
昭和30年 北長門海岸国定公園
に指定

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須佐湾見るならここで!&スナップ anchor.png Edit

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高山展望台 anchor.png Edit

高山山頂風景.JPG


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須佐湾​/遊覧船編集
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須佐湾遊覧船イベント
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須佐湾の観光案内(昭和3年記載・抜粋) anchor.png Edit

昭和3年に名勝・天然記念物としての指定を受ける時に、内務省に提出するための、須佐湾の紹介文を、当時の町長の依頼により白上貞利先生(当時の山口高等女学校)によってまとめられた文章より。
原文須佐湾​/須佐湾の観光案内(原文)

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須佐湾絶勝の特色 anchor.png Edit

  • 一、概説景

須佐湾絶勝の特色は象美の映発にあり、象美の綜合にある。高嶋北海画伯は須佐湾の風景を三種に分けて、湖水の如き小湾と、小松島、大絶壁の三項を挙げておられるが、しかしこれは須佐湾風光の要素を知的に分解したものであって、 吾々が須佐湾の勝景を味わって、その美に陶酔するいわれのものは、更にこれらの要素美が相近接して存在し、 各々その特色を発揮しながらその上互いに相助け相補って、ここに渾然(こんぜん)一体に全須佐湾の秀色は神わざの様であった。

左方向を観れば断崖削立の豪壮あり、右方向を観れば小湾迂曲の優婉あり、深山峡谷のような大小の島々の間を縫うように流れに乗るかと思えばたちまちにして、果てしなく広い大海に浮かび出で、 天を見ているかの様で、この数種の風致が互いに対照映発し、優麗なるものはより一層優麗に豪宕(ごうとう)なるものは益々豪宕に、いやがうえにもその特色を発揮し、しかも、互いに交じり、相補い相助けてここに無限の魅力を生じ来り、観るものを恍惚として我を忘れさせないのである。

眼前に展開する風物は左右相異なり、前後相同じからず、眼を閉じれば一秒前の風景はひっそりと画のように眼前に展開するが、 眼を開けば別趣(べっしゅ)の風致はすでに媚をおくり眉に押し寄せてくる。静中動中の静、自らこれ画、自らこれ詩、この神わざのような気迫こそ須佐湾絶景の神髄であって、このようないわれ、 全く峻嶺高峯(しゅんれいこうほう)直ちに海洋に迫り、 余脈が限りなく分岐して縦横に駛走猪突(しそうちょとつ)して海に入り、海は潮これに応じて、迂余曲折の限りを尽くし、入江に又入江を生じ、 湾中更に湾を生じているがためであって、十里にして一湖あり、五里にして一島あり、二十里にして一断崖あり、其の一を賞する時、 自余のものは止むなく割愛しなければならぬような名勝とは同日の論でない。

須佐湾神髄の美はこの海山交錯の美に基づくものであるが、 この海山交錯の美は地質の複雑に起因するもので、須佐湾ほど複雑な地質の露出して居る所は珍しく、この方面の研究をなせば単に風致情感のみに止まらず、 知識的の趣味も豊かに味わわれる次第である。

  • 二、山岳美

須佐町は山脈が直ちに海湾に迫っているために、平地は極めて少なく山の峰の随所に蟠崛(はんくつ) して千山万嶽波涛(せんざんばんごくはとう)の如く重畳(ちょうじゅう)し、雲烟(うんえん)を帯びて、深山幽谷(しんざんゆうごく)の趣をなし、沿海の地とも思えない山の様の美しさを差し出しているが、とりわけ、須佐湾の外壁に屹然(きつぜん)として崛起(くっき)している高山は、海抜2千尺にも足りないで(1758尺)非常に高山という訳でもないが、須佐の良港を控えて、 日本海の怒濤(どとう)に迫ってそびえ立っているため、古来航海者の大切な目標とせられたもので、外海側の山裾は数百尺の絶壁が連互し、狂瀾(きょうらん)怒涛がこれに激し、山姿の豪壮雄大なることはこの海岸稀に見る所、 確かに近県沿岸の一偉観たるを失わない。

ところがその須佐湾に沿って町に面した半面は、緩い傾斜を以て裾のように広がり、 蒼々たる茂樹欝林の間には、石径斜に通じて処々に人家も見え、秀麗な風致(高山のことについては三、海洋美の項並びに海辺の勝地古跡の項を参照せられたい)を備えている。

  • 三、海洋美

渺々(びょうびょう)として果てしもない大海を一望のもとにおさめるのもまた、一つの壮観である。 誠に高山の頂きに立って瞳を放てば、地勢が北方海岸に突出しているため、視界が極めて広く、東は出雲の日の御崎を望み、時には伯耆(ほうき) の大山を雲姻模糊(うんいんもこ)の裏に望むことさえもできる。

西は相島・青海島は呼べば答えるばかりで、やや遠く大津郡の川尻の岬、 左に大津・豊浦両郡の境にある天井ケ嶽などが見える。(序ついでに南を言へば、 奥阿武の連山を隔ててスキーができるので知られている徳佐ケ峰がながめられる。)北は一面の日本海で浩蕩(こうとう)として果てしもない碧潮(へきちょう)は、 どこで西比利亜(シベリア)の峯を洗うか朝鮮の岩を噛むか見当もつかない、ただ見えるものとしては水天彷佛(すいてんほうふつ)として、 あるかないかの一線が長く長く左右に引かれているのみである。

日の傾き雲の濃さによって、海の色は青に緑に紺に紫に、あるいは明るくあるいは暗く、あるいは金の如くあるいは銀の如く、 時には烟(けむり)の如く軽く、時には鉛の如く重く、千変万化の色彩は、あらゆる季節あらゆる時刻あらゆる天候に、 それぞれ特異の相をしめし、しかもその自然の表情は人間のそれよりも一層の趣と味をかえている。

かつて海防僧月性、萩を発して海沿いに北進し、 この山頂に登って、北海をのぞみ壮快禁ずるのにふさわしく、一詩つくって思いを述べたということであるが、実に山頂に杖を遥かに瞳を放つと、思いは潮と共にのび、気は雲をおうてたかまり、無限の感慨を催すのである。 高山の岩石には磁力を帯びたものがあり、磁石が用をなさないから方角を刻した石目柱を建てて登山者の便に供してある。 又中腹には風穴がある。

穴の内部はあまり調べられていないが、往時試みに臼を転がしてみたところ、数日後海中に浮かび出たので、そこを臼が浦というとかの伝説もある。

  • 四、湖沼(こしょう)美

「山外〔さんと)に山あって山尽きず、路中に道多くして道きわまりなし」という讃があるが、「島外に島あって島尽きず、 湾中に湾あって湾きわまりなし」ともいいたいは須佐湾の趣である。日本海の潮先が、右に左に跳おどり出た山脈のまとまりやすい渓谷を見つけては、 これでもか、これでもかと刳(えぐり)に刳って湾入したその揚句は、精も根も尽きはてて、眠ったような優しさに、海とは名のみ湖とも沼とも、 池とさえも思われる優しさに変わったのがこの須佐湾である。

随所に流れ出た山脈は、又山としての力を失い丘とも築山(つきやま)とも思える感を抱かせて、しかも水際には流石に奇岩怪石を露出し、鬱蒼たる雑木の姿に老松を負い、所々に三三五五の人家を守り、 真に愛すべき温稚の趣を備えている。

この縦に横に斜めに蜿蜒(えんえん)として迂回している蒼巒翠丘(そうらんすいきゅう)に守られて、東風が吹いても西風が吹いても、 南風はえになっても北になっても、殆ど波を知らぬ油を流したような滑らかさで、数百の船舶を安らかにねむらしている須佐湾は、 海というよりも湖、湖というよりも池といったがよいようであるが、さてそれでいて流石さすがは日本海の潮つづき、 山間や瀬戸内などにはみられぬ気魂があり生気がある。

八頭の八尾の龍神が渚に来って静かに穏やかにねむっているとでもいった趣である。

  • 五、島嶼(とうしょ)美

「湾内に奔(はしり)出た岬南は、いずれも波の如くうねりを見せ、しかも縮んだり伸びたりして、あたかも島のようであるが、 その左右前後には、随所に小島を伴い、巨岩を帯び、所々数十の岩群(いわむら)が、青緑の白波の間に錯落している。

さらに地質の複雑さは、 その小島巨岩にそれぞれの異彩を放たしめ、或は輝かしく或は黒く、或は青く或は黄に、岩層の横に畳まれたものなれば、石脈の斜めにわれたのもあり、 時には岩ひだのたてに並んだのもあるという有様、従って稜角(りょうかく)をあらわした雪舟の画に見るような岩礁(がんしょう)もあれ ば、ゴムまりの所々をゆびでへこませたような円やかな南家画風のもある。

それが或は岩のみで寸緑を帯びないのもあるし、 或は一本松を戴いたのもあるし、或は欝林(うつりん)におおわれたものもあって、これほど多い島に一つとして似かよったものはない。

油の如き海面には三三五五白帆の影が隠見し、空には鴎(かもめ)が舞い鳶(とび)が輪を画いている。誠に小さな船に棹(さお)さして島間をぬうてゆけば、島かと見れば岬なり、岬かと見れば島なり、一島未だ去らざるに一島更にあらわれ、 水路極まるが如くにして、又、たちまちち開く。」とある中学読本の瀬戸内海の文は、全くここの景色をかいてくれたものではあるまいかと疑われる。

  • 六、断崖美

須佐湾の湾口付近には、所々に外海に面した大断崖がある。高さ数百尺、屏風の如く曲折して連互し、白波を噛み、蒼松巓(そうしょうてん)をおおい、豪壮にしてしかも雅趣(がしゅ)があり、秀麗にして、気迫がある。

試みに葉舟を壁下に寄せて仰ぎ見下ろせば、舟の動揺に伴い、白雲の往来にしたがい、流石の大岩壁もみるみる傾き来って、轟然(ごうぜん)たる響きを立てて倒れかかろうかと疑われ、そぞろに心担を寒からしめるであろう。

なお岩壁の断面は、時には板を重ね積んだような数百の横層を表わし、層々色彩を異にして鮮麗な横縞(よこじま)を見せ、 時には数百の峯巒(ほうらん)を絶大な神力をもってしめよせ、各々の峯巒を筍のような丈高いものと化せしめて、たばねたとも見える縦襞(たてひだ)を畳んで、 日ざしの向きによって数十種の明暗と光沢とを見せ、或は凹凸の曲面に大は人頭よりも大きく、小は鶏卵よりも小なる、 大小無数の岩礫(がんれき)を帯び、所々岩礫(がんれき)の脱失した空穴を持っているのもあり、或は玉ねぎの球面の一部を切って、幾重にも包んだその皮の、 ややほぐれぎみになったようなのもある。

一々名状し切れないほどの複雑さを有している。しかもその色彩光沢は、岩層そのものの固有の色彩の外、幾百年の苔と藻とその痕の生ずる翠緑紫赫(すいりょくしかく)等の無限の色と、 日光をあび潮水の飛沫をおびて生ずる、真珠の如き碧玉(へきぎょく)の如き、紅玉(こうぎょく)の如き紫の如き、銀の如き、赤銅の如き、鉄の如き、鉛の如き、 千種万様の光を添えて、華麗とも艶美とも見えながら、どこまでも豪宕雄壮(ごうとうゆうそう)、人に迫る鬼気を失わない所、独特の断崖美である

  • 七、波瀾(はらん)美

丘のような濤(なみ)が魔のように近づいてくる。近づくままに涛の山がせりとって、小みとりが翠(みどり) となり、翠がさみとりになると思う間もなく、 伸べるだけ伸び上がった涛も山の頂きが、婆娑(ばさ)と崩れて、白い雪がさつと翻(ひるがえ)り、紺碧(こんぺき)の涛の腹はみるみる跡形もなくなってしまう。

すると白い雪は、右にも左にもすばらしい勢いでひろがっていって、幾千騎の白馬隊が、足掻(あがき)をそろえて驀進(ばくしん)するかのように、 わきかえり、にえかって迫ってくる。 後からも後からも、もみにもんで攻めよせる。

先鋒の勢いが中堅の味方を誘い立てるのか、 先立つ勢いを後攻めの勢いがおい立てるのか、前がひるめば後ろが猛り、右が疲れれば左が怒り、いやもうすばらしい勢い。 暴れに暴れ、怒りに怒り、狂いに狂って、躍りかかりあびせかかる涛を、断固として食い止める巨礁がある、巉巌(ざんがん)がある、 大絶壁がある。或は高く或は低く、或は立ち或は臥(が)し、或は蹲(うずくまり)、或は肩をそびやかし、或は脚をはり、 或は臂(ひじ)を張り、或は胸を張り、 大小数千の陸の軍勢は潮をしっかと喰い止める。

喰い止められてなるものかと、狂いかかる怒涛は、巨砲の発せられたような、 霹靂(へきれき)の万嶽に響くような、轟然(ごうぜん)たる大音響を立てて、ありったけの力を尽くして打ちつける、からみかかる、のび上がって浴せかける、 飛沫は雲の如く吹雪の如く白烟(はくえん)の如く、霧の如く、流石の巨岩もしばらくは影さえ見えぬ、すると吹き捲く暴風に颯(さっ) と飛んだしぶきのあとに、白波をかぶった岩の頭が現れ、岩の肩が現れ、岩の腹が見え、岩の脚が見えて来る。

先ず一面の白魂に、僅かに黒き輝き幾條(いくじょう)の縦縞が見えると思えば、 たちまち幾百條のたきが白布をさらす如く流れ落ちる、その白布の幅がようやくせまくなり、はては縷々(るる)糸の如くなって消えるかと思うと、 はや第二の狂瀾(きょうらん)はあびせかかってくる。

陸の奥の奥までもと、打って刳(えぐ)って、はねかえされた余波は、後から躍りかかる味方の勢いと同志打ちをはじめ湧き上がり、 たぎり下がり、渦をまき、瀬を作り、伸び、縮み、浮かび、沈み、右にはしり左に駛(は)せ、混乱の極を尽くし、活劇の限りをあらわす。

岩の間に生じた泡沫は、風にふきちぎられて、掌大のいしころをなし、飄々(ひょうひょう)としてまい上がる。 岩燕(いわつばめ) はこれをぬい白鷗は空になく、しかもその姿態その轟き、その力、その気迫は、秒時も同じことなく、変動極まりなく、壮快限りない有様。 実にこの地ならではとうなずかれる。

  • 八、総合美

山岳美、湖沼(こしょう)美、海洋美、島嶼(とうしょ)美、断崖美、波瀾美それぞれ皆独特の味がある。 その一、二を備えるのみでも名勝たるの資格はあるが、 須佐湾の風致はむしろこの六要素を兼ね備え、各要素が互いに相助け、相補い、ここに潭然(たんぜん)たる一大綜合美を誘発し、 限りなき風韻と気迫を生ぜしめる所に、その真髄があることは、すでにのべた通りである。

(綜合美は勿論要素美ではないが、 読者の注意を新たにするために前説を反復したのである)


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最終更新: 2010-05-06 (木) 06:48:25 (JST) (2721d) by ikamikuriya


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