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須佐の神話・伝説​/古代ルーツ研究 :: 萩ウォーカー!山口県萩市のクチコミ地域メディア

xpwiki:須佐の神話・伝説/古代ルーツ研究

ページ内コンテンツ
  • 古代ルーツの勉強会
    • たたき台と課題
    • 掲示板(新規書き込みは停止中)
    • 参考資料&リンク集
    • 須佐の地名と現地検証
    • 関連ページ

古代ルーツの勉強会 anchor.png[1] Edit [2]

こちらは須佐の神話伝承や古い地名(字名)と、古事記や現在研究されつつある古代日本のルーツに関する古文・書籍・個人研究等新しい提言を参考に、須佐及び萩市周辺の起源・ルーツを研究する場として開設します。

※基本的に私設の研究の場です。公的な発表というものではありません。

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たたき台と課題 anchor.png[3] Edit [4]

現在・新たな有力説に更新中。
須佐の地は、
中国大陸(呉・越)の民が帰化した、海士(あま)の郷を起源。
須佐乃男命(すさのおのみこと)が出雲に行くまで統治した拠点であり、朝鮮(新羅・百済)と日本海文化圏(越後〜北九州)を結ぶ海洋航路上重要な寄港地として栄えた場所だった!?


紀元前400〜300年頃、春秋戦国時代の中国大陸から(※安曇族と呼ばれる(民の巧みな航海技術を持っていた呉(ご)の民と推測されている)帰化した海洋民族(海人族・呉や越(えつ)が、天然の良港である須佐湾[5]を主要な基地・集落としたのが起源と推測される。~
古事記を解読した1説で、朝鮮半島から渡来したイザナギ・イザナミによる古代国家創設時、須佐之男命[6]が出雲への前線基地として一時支配した場所が須佐である。(その後、中心地は出雲に移動し出雲政庁時代に)
当時より海士(あま)族と共に、出雲と新羅(朝鮮)を結ぶ通商航路の重要な寄港地としていたところが須佐湾[5]であり、~
須佐乃男命(又は同王族)自身が立ち寄られていたとされる御津海(現:水海)を中心に栄えた由緒ある地である。
  • その理由・推論
  1. 古事記がまったくのフィクションと言い切れなくなっている現代考古学の中で、海人族系の民族が独特の文化・技術・交流を、他の地と違う経緯で持っていたと捉えることが有力。(海人族系の日本海文化圏の存在、朝鮮-筑紫-出雲そして高志との繋がり)
  2. 出雲地域の遺跡から発掘された銅鐸やその時代のものが、古代中国「越(えつ)」の貴族の墓から出土された銅鐸の形状の類似、構成物質が大陸産である事などから、その当時に交流・移住などのプロセスがあったのではとされている。
  3. 日本古来の海の民「海人(あま)族」の航海技術や文化伝播の経緯から、海人族(又は安曇族)とは当時の中国大陸の呉の民と考えるのが有力という説がある。呉越同舟という言葉の通り、国を追われた越の民を朝鮮または古代日本へ移住させたのは、海人族ではないかという説もある。
  4. 古事記を解読する一説より、須佐之男命[6]はイザナギより当時の最前線基地「須佐」に派遣され「須佐の男」という意味の諡を与えられ、須佐を支配していたとされる。
    須佐之男命[6]と海人族の関係は、越の国(新潟)〜出雲〜須佐〜筑紫〜新羅といった航路(日本海文化圏)の寄港地として、密接なものとなり融合していったのではと伺える。
  5. 当時の航海ルートで、海流や海風など気候の厳しい日本海側を古代の船が往来するのに寄港地「須佐湾[5]」の地理的特性・存在価値は必然。海人族がいたとする「須佐津考」の記述は自然。
  6. 新羅との通商の名残、須佐唐津焼[7]の「唐津」の語源、などから、朝鮮(新羅)-筑紫-須佐-出雲の海路が存在していたとする須佐津考の説は時代背景や当時の状況とも符合する。
  7. 海人族の祀り神「三女神」が須佐湾[5]「中嶋」(弁天島)にて今も遺跡として残っているのは、須佐が須佐乃男命を崇める一族の地であり、出雲-須佐-新羅間の通商が存在した何よりの証。 susa-googleearth2b.jpg[8] susa-googleearth-b.jpg[9] susa-googleearth3b.jpg[10]

以上が、現在(20091207)(20111105)までの各方面の情報を考察した仮説です。 これをたたき台に考察をしてみたいと思います。

  • 古事記など歴史書物からの考察。
  • 神道など宗教・信仰からの考察。
  • 須佐津考及び現地検証からの考察。
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最新書き込み

現在の最新の研究経緯は
ブログにて遅々薦めてゆきます。

こちら↓
古代史検証録-古事記「須佐之男命」と
「萩市須佐のルーツ」
[16]

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参考資料&リンク集 anchor.png[17] Edit [18]

  • Yahoo地図[19]地名がグーグルより細かく出ている。航空写真も地方でも細部まで拡大できる。
  • Youtube[20]NHK「その時歴史が動いた」より「古事記」について。一般的な古事記の知識はこちらから。。
  • 弥生時代[21] 最新の調査や認識では随分と弥生時代への考察が変化しているようで。。。。
  • 越(えつ)[22] 中国の春秋時代の国
  • 呉(ご)[23] 中国の春秋時代の国
  • 中国の治水の歴史[24] 治水技術は渡来した中国人によってもたらされている。須佐津考にも度々登場する治水事業とは。。。

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須佐の地名と現地検証 anchor.png[32] Edit [33]

  • 海士ヶ地(尼ヶ地)
  • 大越
  • 前地神田
  • 中嶋(弁天島)
  • 黄帝社[34]跡地(神山神社跡地)
  • 白山神社 など

Last-modified: 2011-11-06 (日) 08:21:01 (JST) (2177d) by ikamikuriya